第二次世界大戦後
シティのビショップスゲート第二次世界大戦の初頭にはドイツ空軍の爆撃を受けて数千人が死亡した。また爆撃機による空襲がバトル・オブ・ブリテン以後に下火になった後にもV2ロケットによる攻撃を受け大きな被害を受けた。戦後の復興は大ロンドン計画にもとづいて推進され、都心部に郊外区域を加えたロンドンを統括する行政府としてグレーター・ロンドン・カウンシルが設置された。
1960年代以降イギリス経済は低迷し、それに伴いロンドンも移民層や労働者階級を中心に失業者が増加して街は荒廃し犯罪が増加した。1980年代に保守党のサッチャー政権は大幅な犠牲を払って規制緩和や産業構造の改革、国有事業の民営化、ドックランズ再開発など施策を遂行した。経済は少しずつではあるが息を吹き返してゆき、国内金融機関の退場を引き換えにしてロンドンは世界有数の金融市場としての地位を確立した。
カナリー・ワーフの夜景1990年代以降には金融に加え観光や情報産業、デザイン産業なども活気を呈しており、荒廃したロンドンは完全に過去のものとなった。近年では地価の高騰に悩むなど往年の繁栄を取り戻している。1980年代以降に連続して発生したIRA暫定派によるテロは収束したが、2005年7月7日にはイスラム過激派によるロンドン同時爆破事件が発生している。近年増加しているイスラム系移民と従来の住民間との対立も発生するなど、国際都市特有の問題の解決に注目が集まっている。
2005年には2012年に開催される第30回オリンピック誘致に成功した。1908年および1948年に次ぐ3度目のオリンピック開催であり、同一都市としては史上最多となる。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
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